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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)7756号 判決

原告 藤森利美

右訴訟代理人弁護士 大崎孝正

被告 遠藤源太郎

右訴訟代理人弁護士 水野東太郎

同 荒井秀夫

主文

一、被告は原告に対し、金五〇万円を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、二分し、その一を被告、その余を原告の各負担とする。

事実

一、申立

1  原告

(一)  被告は原告に対し金八三万六八二五円を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二、主張

1  原告

(一)  別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)の敷地は、訴外遠藤源六の所有であるが、その子である被告は、源六の承諾を得て右土地を訴外竹内七郎に賃貸し、同訴外人は右土地上に本件建物を建築し所有していた。

(二)  右建物は、借地権と共に昭和三一年一月七日竹内から訴外北原正一に、昭和三四年九月八日北原から原告に、それぞれ譲渡された。しかるに被告は原告に対する右賃借権譲渡を承諾しないので、原告は被告に対して、昭和四〇年七月四日時価金八三万六八二五円をもって本件建物を買取ることを請求する旨の意思表示をした。

(三)  よって、原告は被告に対し右買取価格金八三万六八二五円の支払を求める。

2  被告

(一)  請求原因第一、第二項のうち、別紙物件目録記載(二)、(三)の建物を竹内が建築し所有していたことは否認する。右各建物は原告が建築したものである。本件建物の時価は争う。その余は認める。

(二)(1)  遠藤源六は、原告を相手として本件建物の敷地所有権に基き、本件建物収去土地明渡請求訴訟(中野簡易裁判所昭和三四年(ハ)第五八七号建物収去土地明渡請求事件)を提起して勝訴の判決を得、右判決は昭和四〇年五月一一日確定していたものであるから、原告が本件建物について被告に対して買取請求をしても、被告は右判決の口頭弁論終結後の承継人として本件建物について源六から収去の執行を受けなければならない立場にあった。(なお、源六は右判決に基き昭和四〇年一二月二七日本件建物を強制執行により収去した。)(2)源六と被告との間に昭和二六年本件建物敷地について、被告が竹内に対して右土地を賃貸する目的をもって使用貸借契約がされていたものであるところ、被告は昭和三四年一〇月二七日、源六を代理人として、竹内から北原を経て原告に対し右借地権が独断譲渡されたことを理由として竹内に対する賃貸借契約を解除したから、被告と源六との間の右土地の使用貸借はその目的を失って消滅した。(3)被告は源六との間の使用貸借契約をそのころ合意解除した。したがっていずれにしても、原告が本件建物について買取請求をした当時、被告はその敷地について使用権限を有していなかったから買取請求による本件建物の売買は、敷地使用権を伴わなく建物としての効用を有しないものについてされたものとして、原始的に不能というべきである。

(三)  原告が買取請求権を行使した当時は、被告が本件建物敷地の使用権限を取得するかどうか、すなわち、目的物の建物としての効用の有無は未確定の状態にあったから、原告の買取請求権行使の結果たる法律効果は、被告の敷地使用権限取得を停止条件として発生するものというべきところ、右停止条件の成否未定の間に、前記強制執行により本件建物が滅失したのであるから、停止条件は不成就に確定し、目的物の移転は原始的に不能となり、原告の買取請求権行使の効果は発生しなかったか、あるいは民法第五三五条の適用により被告に代金支払義務はない。

3  原告

抗弁事実のうち、主張の確定判決の存することおよび右判決に基き主張の日時本件建物が強制執行により収去されたことは認めるけれども、その余は争う。

三  証拠≪省略≫

理由

請求原因第一項のうち、別紙物件目録(二)、(三)記載の建物を竹内が建築したことを除くその余の事実および第二項のうち、本件建物の時価を除くその余の事実は当事者間に争いがない。そして、右(二)、(三)の建物を竹内が建築したものと認めるに足りる証拠はなく、かえって原告本人尋問の結果によっても(二)の建物は原告が、(三)の建物は北原が建築したものであることが明らかである。

右事実によれば、原告は被告に対し本件(一)の建物について買取請求権を有するものというべきところ、被告は、買取請求当時被告において本件建物敷地の使用権限を有しなく、あるいは右権限を取得するか否かが未確定であったとし、これを理由として、買取請求権ないしはその効果あるいは代金支払義務が生じないと抗争する。そして、右抗弁事実のうち、源六から原告に対する本件建物収去、土地明渡の確定判決の存することおよび源六が、主張の日時右判決に基く強制執行により本件建物を収去したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、借地法一〇条所定の建物買取請求の制度は、建物の保護を目的とするものであるとはいっても、敷地の賃貸人が借地権の譲渡、転貸を承諾しないために本来ならば収去されなければならない地上建物を賃貸人に買取らせることとし、その限度で保護をはかるというだけであって、土地所有者と賃貸人が異る場合において、賃貸人が敷地について適法な使用権限を有し、買取建物が将来とも建物として存続しうることまでを期し、かつこれを保するわけのものでなく、これらは同条の関するところでないことはいうまでもないから、たとえ原告の買取請求権行使当時、被告が本件建物敷地の使用権限を有しなく、あるいはこれを取得するかどうか未確定であったとしても、原告が買取請求権を取得し、その行使によって直ちにその効果および代金支払義務が生ずることの妨げとなるものとはいえない。

のみならず、≪証拠省略≫を総合すると、源六は竹内に対する本件建物敷地の賃貸にあたり、すでに老令のため自己の名で賃貸しても、早晩被告が相続し賃貸借契約を承継しなければならなくなることを配慮し、賃貸人を被告としたものであって、右賃貸およびその後の管理一切はもっぱら源六がその衝にあたっていたものである。そして、源六と原告との間の前記訴訟においては、第一審で原告が借地権譲渡につき被告の承諾を得たと主張したのに対し、源六は、被告は名義上の賃貸人に止まり実質上の賃貸人は源六であるから、源六の承諾を要すると主張し、二審では原告が源六に対し本件建物につき買取請求をしたが、源六は被告に対する使用貸借の貸主に過ぎないとの理由で排斥されたものである。かくて、前記のとおり右判決が確定し、原告が被告に対し買取請求をして本訴を提起した後にいたって、源六は原告に対する強制執行として本件建物について収去命令を得、収去したものであることが認定される。

右認定の経緯に徴してみても、本件建物敷地について源六に対する関係において被告の使用権限の有無を論じ、これによって建物買取請求権等が生ずるか否かを決することは相当ではないというべきである。

したがって、前記買取請求権行使は適法、有効であって、本件(一)の建物について売買契約が成立したと同一の法律関係が生じ、被告は原告に対し右建物の時価相当額を支払うべき義務がある。

そして、≪証拠省略≫によると、昭和三七年五月当時における本件(一)の建物の場所的環境価値を考慮しない場合の価格は坪当り金二万五〇〇〇円、一三・二五坪計金三三万一二五〇円、右価値を考慮した場合の価格は右額に敷地一坪につき金二万円を加算するのが相当というべきところ、証人遠藤源六の証言によれば本件(一)の建物は前記買取請求の前二年ないし三年の間、空屋のまま放置されていたものであることが認められるので、右事実を斟酌して、買取請求時における本件(一)の建物の場所的環境価値を考慮しない場合の価格は、金二〇万円(坪当り約一万五〇〇〇円。買取請求時における再建築費を坪当り八万円とみた場合の約二割に該る)相当とし、かつ本件(一)の建物の敷地面積は一五坪で足りるものとして場所的環境価値、坪当り二万円、一五坪計金三〇万円を加算し、以上合計金五〇万円をもって本件(一)の建物の買取請求時における時価相当額と認定する。

よって、原告の被告に対する本訴請求は、右金五〇万円の支払いを求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久)

〈以下省略〉

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